ハリマ化成グループ

伝説のテクノロジー

伝説のテクノロジー

松とともに生き、松の恵みを受け、松の再生に挑む

ロジン技術者藤田定行さん

私たちは松の恵みで生きてきた

 こうして国産松やにを使用してつくられた神宝「梓御弓(あずさのおんゆみ)」は一昨年夏、無事、神社に奉納されたのである。

 一方で長谷川社長は、出雲大社を訪れていた。そしてそのとき偶然にも通りに立ち並ぶ松の大木のほとんどに、大人の腰あたりの高さから下にかけて、松やにを採集した痕跡があるのに気がついた。おそらく第2次世界大戦中につけられた傷跡であろうと推測された。これを見て長谷川社長は、松の傷跡の修復法について調査するよう社内に指示を飛ばした。そこで広報室が、取材を予定していた松や藤の古木の移植で知られる樹木医の塚本こなみさん※3に相談したところ、松やにの採集直後に松を保護することが重要で、ハリマ化成にぜひ取り組んで欲しいと提案を受けたのである。

 それを聞いて藤田は早速、松やにを採集するために幹に傷をつけた松の修復に取り組むことにした。だが、藤田の知る限り、そのような試みが行われたことは世界でも皆無である。しかし、名勝に残る数々の採集痕を見れば心が痛むのも確かだ。日本人ならなおさら松への愛着がある。これも我々の使命だと確信できた。そして、塚本さんから、松が生えているところの土と、松の木を燃やしてできた灰を混ぜ、適量の水を加えて粘土状にして、傷をつけた部分に塗布し、その上を荒縄で巻くという方法を試してみるように勧められたのだった。

 11月24日、時折雨が降る中、作州武蔵カントリー倶楽部で、おそらく世界で初めてであろうその試みが行われた。藤田は手が汚れるのもいとわず、自ら土と灰をこね、傷口をいたわるように前年に採集を終えた松の幹に塗布した。荒縄を巻いた後は、さらに縄と縄の間のわずかな隙間にもそれを塗り込んだ。心の中で「ありがとう」とつぶやきながら。

 「私たちは松の恵みで生きてきた。それに対する感謝の気持ちが、こういう取り組みになったのです」

 ハリマ化成には、国産の松やにを求める声が、伝統工芸に携わる人などから寄せられている。そうした声に応えて「年間数トンくらい、国産松やにをつくるのが夢」だと藤田は言う。

 修復が果たして成功するのか、結果はまだ分からない。とりあえず1年間は荒縄を解かずに様子を見守ろうと藤田は考えている。その間には、土と灰の配合を変えたり、荒縄ではなく菰で覆うなど、いくつか他の方法も試みてみるつもりだ。

 塚本さんは「2年後になるか、3年後か、あるいはもっと先になるかもしれない。それでも松の再生を促すには十分な可能性があります」と言っている。

 いつかきっと松の傷跡をきれいに修復できる日が来る。藤田もそう信じている。そのときその松の木は、私たちに新しい希望を指し示すに違いない。あの、奇跡の1本松のように。

加古川にあるハリマ化成の実験室で、低温水蒸気蒸留法によって約300グラムの生松やにから200グラムほどの松やにを精製することに成功。

ふじた さだゆき 1949年、兵庫県出身。姫路工業大学卒業。1972年、ハリマ化成入社。40年以上にわたり、松やに(ロジン)に関わる仕事に従事してきた。ブラジルにハリマ化成が建設した生松やにの蒸留工場の責任者を務めたこともある。現在は同社顧問。

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